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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10766号 判決

原告 梅川君代

右訴訟代理人弁護士 毛利宏一

被告 大東観光バス株式会社

右代表者代表取締役 井田喜八郎

被告 西野栄

右被告ら訴訟代理人弁護士 浅野繁

主文

被告らは各自原告に対し一四八万三三三一円および右金員に対する昭和四二年三月一三日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの、各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一、請求の趣旨

(一)  被告らは各自原告に対し四四八万二九八九円および右金員に対する昭和四二年三月一三日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一、原告の請求原因

(一)  (事故の発生)

梅川秀与(以下、秀与という。)は、次の交通事故によって死亡した。

(1) 発生時 昭和四二年三月一二日午前一〇時頃

(2) 発生地 千葉県流山市流山八丁目一三〇九番地先県道

(3) 被告車 営業用大型観光バス(練二い一五七〇号)

運転者 被告西野栄(以下、被告西野という。)

(4) 被害車 自転車

運転者 秀与

被害者 秀与

(5) 態様 松戸市方面から野田市方面に向けて進行中の被告車が同方向に進行中の自転車の右側を通過しようとした際、これと衝突したものである。

(6) 結果 秀与は即死した。

(二)  (責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた秀与の損害を賠償する責任がある。

(1) 被告大東観光バス株式会社(以下、被告会社という)は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(2) 被告西野は、事故発生につき、次のような過失があったから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

すなわち、被告西野は、被告車を運転して、松戸市方面から野田市方面に向って進行中、同所前方の道路左端を自転車に乗って同方向に進行中の秀与を発見し、これを追越そうとしたが、このような場合、自動車運転者としては、自転車が左右に振動しながら進行するものであるから、自転車との間隔を十分にとって追越すなど、万が一にも自転車に衝突又は接触することのないように万全の措置をとって追越すべき注意義務があるに拘らず、これを怠り同人の運転する自転車の右側を至近距離で漫然と追越した過失により、本件事故を発生させたものである。

(三)  (損害)≪省略≫

(四)  (結論)

よって、原告は、被告らに対し、四四八万二九八九円およびこれに対する事故発生の日である昭和四二年三月一三日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求の原因に対する被告らの答弁ならびに抗弁

(一)  第一項のうち、被告車が自転車に衝突したことを除き、認める。被告車と自転車とは衝突してはいない。

第二項のうち(1)は認めるが、(2)は否認する。

第三項のうち、秀与が本件事故当時、五九才の男性であったこと、秀与の相続人が原告主張のとおりであること、原告が自賠責保険から四六万六六六六円を受領したこと、原告が原告訴訟代理人に本件訴訟を委任したことは、認めるが、その余は不知。

(二)  原告は、原告本人の慰藉料として一五〇万円以上と主張するが、右主張は失当である。

すなわち、原告は昭和二一年三月二日生れの女子であるが、五才の頃から秀与と別居しており、父子関係は極めて薄くその感情たるや零に等しいものである。

原告は昭和二一年三月二日被害者父と母ユキエとの間で埼玉県北葛飾郡幸松村小淵一八八五番地で出生したが、昭和二六年六月三日北海道小樽市石山町六九番地に転居し、同所から昭和三五年七月二七日転出、同日北海道紋別市幸町三丁目一〇六番地の二五に転居、更に同所から昭和三九年一〇月二五日転出、同日原告の現住所たる札幌市東苗穂町一七七番地四二番地に転居し現在に至っているものである。このように原告は現在二二才の女子であるが、五才の頃より一七年間父秀与と別居し交流はなかった。従って父子の感情も零であり、特に秀与の死亡によって蒙る精神的苦痛はあり得ない。秀与の死に際しその葬儀の時にも、出席していなかった。被告会社は、右秀与の死に当り同人の相続人梅川護に賠償問題を相談した際にも、右梅川護は原告の所在を知らなかった。そこで被告会社としては原告の居所を探して自動車損害賠償保険金の支払いを済ませた次第である。かくの如くであるから原告は秀与の死による精神的苦痛がありとして請求するのは不当である。

(三)  (免責)≪以下事実省略≫

理由

一、(事故の発生)

被告西野が昭和四二年三月一二日午前一〇時頃、被告車を運転して、千葉県流山市流山八丁目一三〇九番地先県道を松戸方面から野田市方面に向けて進行中、進路前方の道路を同一方向に向かって自転車に乗って進行中の秀与の右側を通過しようとした際、秀与が転倒し、秀与は被告車にひかれて即死したことは、当者事間に争いがない。

二、(責任原因)

(一)  被告西野について

≪証拠省略≫を総合すると、以下の事実を認めることができる。

本件事故現場は、幅員六・二〇メートルのアスファルト舗装の道路で、その西側は、各約一メートルの土砂による路肩となっている。本件事故現場附近においては、右道路は直線状をなし、見とおしは良い。

被告西野は被告会社西新井営業所を事故当日の午前八時に出発、午前八時四〇分に北千住五丁目から団体名大伸会一行を三輛に分乗させ、被告西野の運転する被告車は三号車として同所を出発した。そして、被告西野は、本件事故現場に至る道路を松戸方向に時速約四〇キロメートル位の速度で進行中、秀与が道路の左端を荷台に木箱をのせた自転車に乗って走行しているのを認めたが、そのままの速度で、本件事故現場に至り、右自転車の右側を至近距離で通過した。そのために、右自転車がよろけて、秀与はその場に転倒し、被告車の左後輪で、その顔面等をひかれて、頭蓋粉砕骨折により即死した。

このような場合、自動車運転者としては、自転車はある程度左右に動揺しながら進行するものであるから、速度をゆるめ、自転車との間に十分余裕をおいて進行すべき注意義務があるにも拘らず、被告西野は、これを怠って右自転車の右側を漫然と進行した過失により、本件事故を発生させたものということができる。従って、被告西野は、民法七〇九条により、原告の損害を賠償する責任がある。

(二)  被告会社について

被告会社が被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、免責事由が認められないかぎり、被告会社は、自賠法三条により原告の損害を賠償する責任がある。

ところで、本件事故発生につき、被告西野に過失の認められることは、先に認定したとおりであるから、その他の免責事由について判断するまでもなく、被告会社の主張する免責の抗弁は理由がない。

三、(過失相殺)

前記認定の事実によれば、被告車が秀与の運転する自転車の右側を至近距離で通過したために、本件事故が発生したものであるが、秀与の転倒の原因が被告車が自転車の荷台にのせてあった木箱等に接触したことによるものでないことは、本件全証拠によるもこれを確認することが困難である。そうだとすれば、本件事故発生につき、秀与に過失を認めることはできないというほかはない。

四、(示談の成立)

被告会社は、原告との間で示談が成立したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はないから、右主張は理由がない。

五、(損害)

(一)  秀与の逸失利益

秀与が本件事故当時、五九才の男性であったことは、当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、秀与は、本件事故当時、千葉県流山市において製本業を営み、年間五五万円の所得をあげていたことが認められる。そして、その生活費は多くとも右所得の三分の一をこえないものと認めるを相当とするから、右所得から生活費を控除した三六万六六六六円が秀与の純益である。そして、秀与は、少くとも、あと九年間、右収入を挙げ得たものと認められるから、秀与は、右金額から年五分の割合による中間利息を控除した二六三万九九九五円の得べかりし利益を喪失したものということができる。

(二)  秀与の慰藉料

原告は、亡秀与の慰藉料請求権を相続したと主張するが、慰藉料請求権は相続性をもたないものと解すべきであるから、これと異なる原告の主張は採用することができない。

(三)  原告の相続

秀与の相続人が秀与の長女である原告のほか、長男梅川護の二人であることは、当事者間に争いがないから、原告は、秀与の逸失利益二六三万九九九五円の二分の一にあたる一三一万九九九七円を相続により取得したものということができる。

(四)  原告の慰藉料

≪証拠省略≫によれば、原告は昭和二一年三月二日父秀与と母ユキエとの間で、埼玉県北葛飾郡幸松村小淵一八八五番地で出生したが、昭和二六年六月三日北海道小樽市石山町六九番地に転居し、同所から昭和三五年七月二七日転出、同日北海道紋別市幸町三丁目一〇六番地の二五に転居、更に同所から昭和三九年一〇月二五日転出、同日原告の現住所たる札幌市東苗穂町一七七番地四二番地に転居し現在に至っているものであること、原告は、現在は、二二才の女子であるが、五才の頃より一七年間秀与と別居し交流はなかったことが認められる。従って、父子の感情も薄く、特に父の死亡によって蒙る精神的苦痛は極めて少ないものというほかなく、従って、慰藉料として五〇万円を相当とする。

(五)  損害の填補

原告が、自賠責保険から既に四六万六六六六円の支払いを受け、これを右損害に充当したことは、原告の自認するところであるから、右金額を原告の以上の損害額が控除すべきことになる。

(六)  弁護士費用

以上により、原告は、被告らに対し右損害の賠償を請求しうるものであるところ、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は、被告らがその任意の弁済に応じないので、弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、弁護士会所定の報酬範囲で手数料、報酬各三〇万一五八七円、合計六〇万三一七〇円を第一審判決言渡の日に支払うことを約したことが認められる。しかし、右金額のうち、本訴認容金額のほぼ一割に相当する一三万円を被告らに負担させるのを相当とする。

六、(結論)

よって、原告は、被告らに対し、一四八万三三三一円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四二年三月一三日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき、同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福永政彦)

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